双極バラエティ

こんにちは。双極性障害Ⅱ型の33歳男が日常をくだらないテイストで綴っていくブログです。

道の譲り合いマスター、ほうふつ

特にこれといってとりえのない僕だけど、これだけは確実に「俺は相当強い」と思える分野があるーー



それが、「道の譲り合い」です。



道の譲り合い道(以降、「道道(みちどう)」)、っていうのがあれば、確実に道道免許皆伝ですね。


進行方向の向かいから現れる者どもを、一瞬だが緻密と言える計算を用いて、ズバズバと差し障りなくすれ違っていく。

どんなに理不尽なムーブメント(失敬、ここでは道道における用語にしたがって、対向歩行者、自転車の動きを「ムーブメント」と呼びます)があっても、僕の

「絶対に知らん人に当たりたくない」

「揉めごとは絶対嫌だし、赤の他人との間の気まずい空気に耐えられない」

という強靭な意志、そして精密なムーブメント予測能力により、すべての者共をやり過ごします。


人工知能が追いつけないレベルの衝突検知能力を保持する無職二十代後半ーー

それが僕、ほうふつです。




なになに?永世7冠だか8冠だか知らんけど?

この「道道」という分野の対向者同士の読み合いにおいては、あの羽生善治も裸足で逃げ出すんでね。


僕が道でのすれ違い時に繰り広げる「読み合いの攻防」においては、羽生先生も初手からして油汗をナイアガラ・フォールズよろしく流しながら降参するほどハイレベルなものです。


羽生さんが何千手先まで考えられるか知らんけど、こちとらコンマ何秒の間に兆手先まで計算して道譲ってるからな。
こちとら歩くスパコンだから。


なにより、物理的な意味でも精神的な意味においても「ぶつかり」「衝突」が怖いという思いの強さのレベルが段違いなのです。彼とは、ね(知らんけど)。



羽生さん。あんたの敗因は生まれたときに羽生「結弦(ゆずる)」というこの業界を統べるべき名前をもらえなかったことだ。あんたの唯一の勝機はそこにあった。


さすがの僕も、善治の頭脳を搭載したゆずくんには勝てんかった。4回転サルコウをしながらさっそうと全動きをかわしつつ、こちらに近づいてくる人類が存在していたら、さすがの僕も「参りました」とコンクリの地面に膝をついていたことでしょう。






しかし。そんな誉れ高き道道マスターの僕が、

「なんでこんなことに……」

と己の「よけ」において失敗した事件があったので、ご紹介します。






あれは二ヶ月ほど前のことでした。



夜8時くらいだったでしょうか。日が落ち、街灯で照らされた夜道を有象無象の者どもが行き交う、とある商店街。
そんな危険地帯を僕は、人生をかけて培った持ち前の対向者検知システムに基づき美しく移動していました。



いつものように、常に前からの動きを把握し、近付いてきた対向者のムーブメントを読み解きつつ軽やかにかわしていく。

向かってくる相手の表情や目線、そして歩き方からうかがえる大量の情報を瞬間的に脳内処理し、絶対にぶつからないように歩く。



また、時には足を止め、「静」の構えで相手の移動を待つ場合もあります。

道道においてビギナーが陥りがちなのは、「待つ時間を無駄にしたくない」という焦りから、いかに前進しながら対抗者をかわすかということに終始する、という誤りです。


それは、正しくない。


いいですか皆さん、あくまで目的は「譲る」ことです。

歩を進めるためによけるのではなく、よけるために歩いている。自分はよけるために生きている。

このような高い意識を以てそれを体現する。時には勇気を持って止まることも選択する。これこそ、「道道の極み」に達するということです。





さて話が若干それましたが(失敬、ついよける話に熱中して話の本題に対してもよけを行ってしまいました)、夜の人通りの多い商店街を歩いていた時のこと。


僕が歩いていると、一人の10代後半と思える、背の低い鋭い目つきをした男性がこちらに向かってきました。


今思うと、彼をかわすこと自体はそう難しいことではなかった。


相手が、いわゆる「まわりを見ず、自分の行きたい方向に他人の動き関係なく進むタイプ」(本当の意味で向こう見ずタイプ)だと一瞬で判断した僕は、少し距離をあけつつ、最小限のムーブメントを用いて道道のお手本のような、流水のように清らかなステップで敵をかわしました。




「やれやれ……またつまらぬ者を避けてしまった……」と思いすれ違った瞬間、その相手が後ろから僕の肩にポンと手を叩いてきました。



え?何ごと?と思った僕が後ろを振り返ると、たった今すれ違ったその男性が、凍りつくようなにらみをきかせながら僕にこう言いました。




「あんた、何笑ってるんですか」




どういうことかというと、相手はすれ違いざまに僕に見られて笑われた、バカにされたという思い込みをして、こちらにジャブをしかけてきたのです。



で、本当に僕が笑ってたかどうかという問題になるじゃないですか。

普通に考えて、一人夜道を歩きながらヘラヘラ笑ってるヤツはまじでやばいヤツじゃないですか。変質者じゃないですか。








で、結論から言うと、

ばりばりに笑ってましたよね。めっちゃ笑ってました。



ただ、ここで誤解してほしくないのは、その人を見て笑った訳ではないんですよ。

僕、何も面白いことがなくても歩きながら笑みを浮かべる癖があるんです……人間関係において致命的とも言える癖が。




で、僕がその相手に取った行動は、食い気味で「すみません」と謝ることでしたよね。


これ以上の衝突は、弱者としては避けないとあかんから。

ここで言い逃れをしたり相手のせいにしたりすると、そりゃもう取り返しのつかないことになるから。自分が正しいというプライドを「損切り」することって生きる上で大事だから。

こうなってしまってはもう、道道もくそもないからね。己の安全が一番大事だから。譲り合いとかもうそういう話じゃなくなってきてるんでね。


で、こちらが何も悪くないのに謝った結果、数秒間ほど睨まれた後、相手はくるっと後ろを向き去っていきました。



彼との対峙は心臓が炸裂せんばかりに緊張したものの、次第に心がほぐれ、無事に帰路に着くことができました。







で、この話には後日談がありまして。



そのお兄ちゃんに肩を叩かれ、言いがかりをつけられてから二週間ほど経ったあと、僕は母親と一緒に同じ商店街を夜に歩いていました。


そうしたら、前方にパトカーが何台も止まってるんですよ。あの、上の赤い、チカチカぐるんぐるんするライトを照らしながら。


そのいかにも危なそうな現場に近づくにつれ、二人の男が乱闘しているということが分かりました。


「どういうことになってるんだろう……」思って乱闘する二人(どちらも警官にからだを取り押さえられつつも、もがいて相手の方に殴りかかろうとしていました)に近づくと、



そのうち一人が、僕の肩を叩いてきた青年だった










……いや、怖いよ。怖すぎ。



肩を叩かれた時、一歩対応を間違ってたら、言い返したりしてたら、そのヤバい青年に暴行されていたかもしれない訳ですよ。



正直、めちゃくちゃゾッとしました。ただでさえ揉めごとが嫌で道道とか訳分からんこと言ってるのに、そんな物理的衝突は全く望んでないんですよ。



で、今回の危機のような出来事を回避するためには「むだにニヤニヤしながら歩く癖をなくす」ことが必要なのですが、この癖で二十六年人生やってきてる訳で、そう簡単には治らんのですよね。




今回はこれでおしまいです。もう皆さんお分かりの通り、もはや、


笑うという表情を自分から消滅させるために、そういう顔になるよう整形手術しに行くしかないなと最近本気で思ってる、という話でした。